許すことでおきること
⚫︎連鎖
インナーチャイルドを癒したり、何か辛い出来事があった時の浄化の際に「ありのままの自分を認めてあげる。」という言い方をよく外で耳にします。
私自身もこの言葉を使った事がありますが、それってつまり、過去・現在・未来において、自分がどのようなことをしてきたのか、しているのか、これからする予定なのか、というのを、たとえどのような状況下であったとしても、全てにおいて自身の判断・行動を許す事だと私は考えます。
なので、「ありのままの自分を認めてあげる」ということは、「ありのままの自分であることを許す。許可する。」ともいえます。
そして、自分がどのような行動をとろうとも、何の制約も制限も受けることがなかったら、無限大の自由な選択肢が目の前に広がることは想像に難くありません。
つまり、許されるというのは、自由を手に入れられることでもあり、次へ挑戦することの許可を自分に与えるということにも繋がるのです。
挑戦することは、新たなチャンスを掴め取れたり、新しい発見や出会いがあることもあります。
それは、新たな広がりにもなり、経験となって、自分の人生の厚みに変わってきます。
「許す」というのは、いっときの行為を受容するだけにとどまらず、さらに先の人生や生き方、思考にまで影響を与えていきます。
更に、付け加えるなら、自分の人生を生きる上で、自分と言うものをどれだけ表現することができるのかで、今生を謳歌できる割合が変わってくるのです。
つまり、自分らしさを見つけ、それを臆することなく、ありのままを表現できるようになるのです。
⚫︎学習
許されると、相手を許す事を覚えるようになります。
許すと言うことはどう言うことなのか。それは許されて初めて気がつくものです。
つまりは体験学習ですね。
しかし人によっては、愛を学ぶ機会が無く、愛の感じ方、感覚がわからない。という方もいらっしゃるかもしれません。
もしそれを1人でなんとかしたいと考えているとしたら、そのうち何を大事にすればいいのかわからなくなり、本当の自分の気持ちさえも迷子になっていくような、そんな気持ちになってしまう方もいらっしゃるかもしれません。
愛を学ぶに1番早いことは、相手から教えてもい、学ぶことです。
もしかしたら、自分1人で何もないところから愛を学んだり、育てる方法も、この世にはあるのかもしれません。しかし私は1人でやるよりも、人から学んだ方が格段に早いですし、確実であると感じます。
⚫︎条件付きの愛
許されると、自分は愛されてもいいんだという気持ちにもなります。
許されると、愛を受け取る許可が自分に下りるので、愛されても良い人間なのだと思えるからです。
因みに、ありのままを愛するということは、条件付きの愛とは全く別物です。
条件付きの愛は、〜しなければ愛さない。〜でなければ褒めない。〜でなければ認めない。などといった条件をつけたうえで、愛情表現をすることを言います。別に言い換えをするならば「〜すれば褒めます。」と表現しても分かりやすいかもしれませんね。場合によっては、具体的に口には出さず態度で表現する方もいますよね。
DVもある意味似たようなものです。
そのような愛情表現は、それを受けた人の、自分に対する存在意義や価値が、相手の価値によって歪められていってしまう行為に繋がると私は考えています。
そんな条件付きの愛しか知らずに、常に心に留めておくようなことがあれば、人によっては絶望感や、不安感、焦りや、悲しみといった感情を常に一緒に抱えながら過ごすことになるでしょう。
それは、その人が自分自身を生きる上での勇気を挫くには十分な要素です。
(私はそんな人生だったら、悲しいし、辛いなと思います。なんてそんなこと言ってたら、知り合いに、また霊に取り憑かれるよ。と言われそうですが)
しかし、逆にそこにありのままの自分であることを、常に許されている、そんな状況があったとしたらどうなるのでしょうか。
先程書いた不安感は無くなり、心が自然と穏やかになったり、上手くいかなくても大丈夫なのだと、気持ちに余裕が生まれてきたりします。
それは、先程書いた「〜したら」が無いことで、もし条件をクリアすることができなかったら、自分はどれだけ辛く苦しい状況に立たされるのだろうかと言う、漠然とした見えない未来に対する不安を常に抱えなくて済むからです。
そんな焦りや不安を使わなくてもよくなると、自然と相手への配慮が楽にできるようになったり、たとえ負けたり、自分が後になったとしても、譲ったりする事が怖くなくなってきます。
そんな変化を通して、人は愛されることで、自然と雰囲気が柔らかくなったり、エネルギーが優しいものへと変わってくるのです。
⚫︎愛の発動条件
私は人というのは、愛されたくて、愛したくてしょうがない生き物だと考えています。
人は愛される経験をする為にこの世に生まれてきたので、愛を学んだ後は、その愛を使って溢れるほどの想いを誰かに表現したいんだと、常に心が訴えているようにも感じています。
そして、その愛を使って多くの人が、何らかの形で表現しようとするのは、生きる上で自然なことのように感じます。
対象が見知らぬ他人でも、友人でも、仲間でも、家族でも、恋人でも、動物でも、植物でも同じです。
愛や許しは誰に対しても使われてきます。
しかし人によっては、愛を知ったからと言って、いつでもどこでも同じように表現できない方もいらっしゃると思います。
なぜなら愛を表現するには、ある条件が必要になってくると考えるからです。
それは心の「余裕」です。
愛は余裕が無ければ感じることが出来ないし、与えることも難しくなります。
愛を使っている時の感覚はなんとも心地よく、優しさとはまた別物のように私は感じます。
しかし、ネガティブな感情があると、それがあまりにも刺激的な存在となり、愛があったとしても、その繊細さや奥深さに触れることができなくなってしまいます。
さらには、日常が忙しかったり、慌ただしくなると、あっという間に心の余裕が削り取られていきます。
しかし逆を言えば、心の余裕を確保することで、まるで昔乗れた自転車に乗るように、たとえ一時的に忘れていたとしても、またすぐに思い出して表現することができるようになります。
⚫︎許せない気持ち
もし、許せない苦しい状況があったのならば、その許せない気持ちをまず自分に許してあげてください。
相手へ向けている言葉や想いは、そのまま自分へと使っていくものなのです。
また逆を言えば、自分へと向けている言葉と想いは、自然と相手へ向かって使われていくとも言えます。
もし相手を許せば自分も許せますし、自分を許せれば相手を許すことができるようになっていきます。
言うは易しなので、実際の行動としてそれを行うのは大変困難だと私は考えます。
しかし、だからといってやらずに放置していては、結局は負のループをぐるぐるしているだけの人生で終わってしまうようにも感じます。
もしあなたが負のループから、少しでも逸れて、いずれは抜け出していきたいと考えるのであれば、いつも引き止めてくる臆病な自分を許して、一歩外に出る勇気を持つ事を持つのはいかがでしょうか。
⚫︎アファーメーション
「私は許します。」
「愛する自分の過去を許します。」
「愛する自分の現在を許します。」
「愛する自分の未来を許します。」
「私は愛する自分自身の全てを許します。」
あなたは大丈夫。
今日も最後までお読みくださいまして、ありがとうございました。
____________________________________________
\\お知らせ📢//
7月28日11時〜12時30分まで
「チャネリングお話し会」を開催致します!
来て頂いた方にチャネリング公開セッションを行うだけでなく、今回はエネルギーのクリアリングも一緒に行って行きたいと思います♪
因みにクリアリングは今後も続けるかは未定です。
ご予約は下記のLINE@よりお申し込みください。
皆さまとお会いできるのを楽しみにしております😊
____________________________________________
♦︎ホームページ
♦︎LINE@